黄色い食卓。
 いや、橙色の食卓、というべきだろうか。

 アカツキはテーブルの上を見て、少々困惑した。

 別に並んだ料理に不満があったわけではない。
 いつものようにどの皿の料理も綺麗に盛り付けられていて美味しそうだったし、例えどんなに見栄えが悪くて想像を絶する味であったとしても、アキトが作ったというその一点だけで、アカツキは毒入りのスープでもにこにこ笑いながら食べる自信があった。

 だから困惑の原因は味や見た目ではない。
 
 その、メニューにあったのだ。





― お化けかぼちゃが笑う夜 ―
   Da capo番外編<The blank of 1years>

 
 




 「………ね、アキト君」

 僅かな沈黙の後で、アカツキはおずおずと問いかけた。  

 「なんだ?」

 「この食卓は一体………」

 二人で暮らすようになってから初めて見る黒いテーブルクロスに、4人分の白い皿。
 
 それはいい。
 
 今日はハーリーとラピスが夕食を食べにくることになっている。
 だから4人分であることは別におかしくない。
 おかしいのは、その一連のメニューだ。
 

 かぼちゃを生地に練りこんだパン。
 かぼちゃのスペイン風オムレツ。
 かぼちゃのチーズグラタン。
 かぼちゃとツナのサラダ。
 かぼちゃのポタージュ。
 そして、パンプキンパイ。


 並べられた全てがかぼちゃ料理。
 一品一品はそれぞれとても美味しそうだが、全部並べられると異様な迫力があった。

 「冷蔵庫の中にはかぼちゃのプリン。冷凍庫にはかぼちゃのアイスが入っているから、後で食おう」

 「う、うん……でも何でこんなに?冬至にはまだ早いような……」

 「ラピスとハーリーが昨日ランタンを作ったそうでな。せっかくだから合わせてみた」

 レパートリーには自信がある、とアキトは胸を張った。
 元々中華が専門の料理人だったが、アカツキと暮らすようになってからはもっぱら洋食に力を入れていたから、レシピもそれなりに集まっている。

 「は?ランタン?カボチャで……あ、そうか!!今日はハロウィンか!」
 
 ランタンの一言で思い当たったアカツキは、ぽんと手を打った。

 「そうかそうか、そんな行事もあったねぇ」

 「俺もエリナに言われるまで気付かなかった。なにせ先月戻ったばかりでバタバタしていたからな」

 最初の頃のアキトは、自分の居場所を確保するのに精一杯で、季節や行事を気にするどころではなかった。
 アカツキの方も、マシンチャイルドがらみの法整備への働きかけやら、何も知らないアキトに代わってのマルスの起業・運営やらでずっと動き回っていたから、状況は押して知るべしだ。

 しかし、一ヶ月も経てば状況も落ち着いてくる。

 機動兵器の開発に関しては、その操縦技術とIFSによって最初の機動の時から一目置かれていたアキトだ。ナデシコ関連の各部署でこのところの仕事ぶりを認められはじめたから、後は時間が解決してくれるだろう。
 うるさい重役に横槍を入れられ余計な苦労をしていたアカツキも、早い段階でエリナを味方に引き込んだことが功を奏したのか、ここ数日の暗躍の結果社長派を完全に押さえ込んでやっと一息つけるようになった。

 「今日は子供達と遊んでリフレッシュして、また明日からガンバ……」

 笑いながら言いかけたアカツキが、そのまま笑顔をひきつらせた。   

 「……笑ってる場合じゃないよ。ハーリー君とラピス君にあげるお菓子、用意してない」

 これはまずい。
 自分ではマメな方だと思っていたが、このところの忙しさのせいでとんだ失態を犯してしまった。
 元大関スケコマシの面目丸つぶれだ。

 『Trick or Treat!』
 
 子供の期待に満ちた声が頭をよぎった。
 
 ネルガルは各国から人材を募っているから、社員寮や社宅の多いこのあたりでは日本で馴染みの薄い外国の行事も盛んに行われている。
 よって、ハロウィンともなると毎年少なからず仮装した子供達の姿が見られた。
 そういう環境だから、ハーリーもラピスも事前にエリナからハロウィンの話を聞いているはずだ。
 ジャック・オー・ランタンを作ったくらいだから、定番のあの文句、『お菓子をくれなきゃいたずらしちゃうぞ!』という声がかかるのは間違いない。
 これでお菓子がもらえなかったら二人ともガッカリするだろう。
 最近やっと笑うようになったのに、気落ちした顔など見たくない。
 これまで人間らしい生活さえ出来なかった子達だから、大人びていてもそういったイベントにはきっと飢えているはず。
 せめて世間一般の子供と同じように、ハロウィンくらい楽しませてあげたい。

 さらに言えば、あの二人の悪戯が怖い。
 掛け値なしにやることが半端ではないのだ。
 また歯磨きチューブの中身を全部練りカラシに替えられるのは嫌だし、廊下一面にバターを塗られるのも困る。
 車の色を絵の具で塗り替えられるのもゴメンこうむる。

 極めつけに、この話がエリナの元へ届くのも恐ろしい。
 彼女が自分の愛する子供達がないがしろにされたと思ったら、一気に職場環境が悪化する。
 仕事に私情を反映させたりはしないだろうが、風当たりは強くなるどころかブリザードだろう。

 さて、今から買い物に走って間に合うだろうか。


 「大丈夫だ」


 青くなって時計を見たアカツキに、アキトがあっさりと言った。

 「そっちの籠に用意してある。俺とお前からってことでな。それでも不安ならそこの棚にキャンディもあるぞ」
 
 指を差された先には、二つの小さな籠の中にちまちまとお菓子が詰められていた。 
 袋詰めにされたかぼちゃのマフィンとクッキー。それから、小さなタルトが二つずつ入っている。
 お菓子までかぼちゃなところをみると、どうやらこれもアキトの手作りのようだ。 

 「あ、本当だ……助かった…ありがとうアキト君!」 

 子供達のしょげた顔も悪戯の恐怖も一緒に吹き飛んだ。
 感極まったアカツキが、調子に乗ってアキトを抱きしめる。

 と、赤くなったアキトに脛を蹴っ飛ばされたのと同時に、玄関先で、軽快なチャイムが鳴った。

 


 ぴんぽーん


 
 二人の自宅に来るのはごく親しい間柄の人間だけだし、不法侵入者が入ってこられるような生易しい警備ではない。
 時間を確認したアキトが、アカツキに向かって小さく頷いた。
 どうやら子供達が来たようだ。


 ぴんぽんぴんぽんぴんぽん

 
 いきなりチャイムが連打された。
 どうやら焦れているらしい。

 「……早く出ないとチャイムが壊されそうだ」

 苦笑したアキトが、念のためにキッチンについているモニターで来客者の顔を確認すると、いきなりラピスのどアップが映った。
 カメラギリギリまで近づいているのだろう。顔の半分しか見えない。
 やけにふらふらと右に左にと動いた挙句、片目だけがモニター一杯に広がった。 


 『アキト!アカツキ!』

 
 舌たらずの呼び声が聞こえた後いきなり姿が消える。
 最後にハーリーの声で、小さく『こんばんはー』という挨拶があったあと、ふつりと音がなくなった。
 うんともすんとも言わない。 


 「……何だ今の」
 
 「ていうか、普通にしてたらラピス君じゃカメラに届かないよね」

 ハーリーでも多分無理だ。呼び鈴くらいならなんとかなるだろうが。

 「それはつまり、カメラに映らなかったハーリーが踏み台になったってことか」
 
 「うーん、背負ってギリギリかなぁ。いきなり消えたのは、下のハーリー君が力尽きてしゃがんだからじゃないの?」

 納得したアキトが即座に青くなる。
 先ほどのアカツキとは逆のパターンだ。

 「力尽きたって……大丈夫か!?」

 玄関はたしかタイル張りだった。
 上に乗っていたほうも下で担いでいた方も、転んで頭でも打ったらタダではすまない。

 慌てて廊下に飛び出したアキトの後を追って、アカツキもキッチンを出た。
 通りすがりに玄関のロックを解除していくのだから、少なくともアキトよりは冷静だ。
 むしろアキトの方が心配しすぎだろう。


 「ハーリー、ラピス!怪我は!?」


 子供に当たらないように注意深く、けれども手早くドアを開けたアキトは、二人を気遣う言葉を発した直後、そのまま絶句した。
 固まったアキトからノブを奪い取ると、アカツキがそのままドアを開ける。



 「コンニチハ」  

 「こんばんはだよ、ラピス。アキトさん、アカツキさん、こんばんは〜」

 
 タイルに座り込んだハーリーと、その背中に背負われていたラピスが、二人でぺこりと挨拶した。
 
 二人してへたりこんではいるものの、擦り傷一つ負っていない。
 ざっと安否を確認したアカツキが、感嘆の声を上げた。
 
 「へぇ〜可愛いね。それ、エリナ君の見立てかい?」

 
 玄関先に座り込んだ子供は、ハロウィンらしい仮装に身を包んでいた。

 
 ぺたりと膝をついていたハーリーは、黒いトンガリ帽子に黒いビロードのマント。やけにマニアックなサスペンダー付き半ズボン。
 ハーリーの背中に乗ったままのラピスは、ふわふわとした桃色のドレスに透明感のある四枚の羽を背中に付けている。
 先ほどのモニターでは気付かなかったが、長い髪は銀のリボンを組み込んで綺麗に編み上げられていた。
 二人が肩から掛けているジャックオーランタンの絵がついたカバンは、既に沢山のお菓子で膨らんでいる。

 玄関脇にはころりと木の杖が転がっていた。

  
 「ハーリー君は魔法使いで、ラピス君は妖精かな」

 顎をさすりながら言ったアカツキに、こくりと子供達が頷く。

 「あ、そうです。ラピスはボクとおなじウィザードがよかったみたいですけど……こっちのほうがかわいいですよね?」

 ハーリーはそっと背中からラピスを下ろすと、杖を拾い上げて誇らしげに笑った。
 妹分の可愛らしさが相当自慢のようだが、本人も充分に可愛い。
 黒髪と黒い目が仮装にマッチしていて、いかにも背伸びした少年魔法使い、といった風情だ。

 「うん、可愛い可愛い。その色よく似合ってるよ」

 「エリナさんがえらんでくれたんです。このかみもキレイでしょう?リボンはボクのプレゼントです」

 桃色の頭を、髪形を壊さないように撫でると、ラピスの手を優しく握る。
 まるでどこかの御伽噺に出てくるような小さな魔法使いと幼い妖精の姿に、凍りついたように動きを止めていたアキトもようやく解凍された。
 斜めになったハーリーの帽子を直してやってから、一歩後ろに下がる。 
 
 「よく、似合っているが……エリナはどうした?送ってくるはずだろう」
 「えーとそれが、ラピスがはしりだしちゃって、ボクもたのしかったんで、つい」

 「置いてきたのか……まあいい、連絡を入れておくからとにかく入れ。夕食が出来ている」
 「あ、そうだね。今日のアキト君の御飯はハロウィン仕様だよ〜」

 アカツキとアキトの招きに従って、ハーリーが家の中へ入ろうとすると。  
 きゅっと握り締めたハーリーの手にすがりながら、ラピスが突然叫んだ。


 「とりっく・おあ・とりーと」

 
 三人の目をひきつけて、もう一言。


 「オカシをくれナイと、イタズラしちゃうよ」
  
 
 一息に言い切って、はにかむように笑った。

 先ほどまでの作り物めいた無表情が嘘のように、無垢で愛らしい笑みだ。
 花が零れるような微笑みというのはこういうことを言うのだろう。
 衣装とも相まってまるで本物の妖精のように見える。

 その場にいた三人は暫し呆然とした。


 なにせ、ラピスが笑うのを見たのはこれがはじめてだったのだ。


 「か、わいー……」


 思わずそう呟いた後でハーリーが真っ赤になったが、アキトもアカツキもからかうどころではなかった。
 それほどにラピスの笑顔の衝撃は大きかったのである。



 たかだか一ヶ月足らずで、これだけ感情が戻るとは、誰も予想しなかった。
 周囲の努力の結果が実を結んだ、嬉しい誤算だ。
 
 エリナの無償の愛と、ハーリーの献身。アカツキとアキトの気遣いとバックアップ。プロスの細やかな心配り。
 その全てがこの一瞬の笑顔で報われたと。そう、言い切っても構わないほどに価値のある笑みだった。
 
 
 
 「……いやー将来が楽しみだね。いや、心配なのか?まあハーリー君がいるから大丈夫だとは思うけど」
 
 赤い顔をしたハーリーと、既に笑みを消したもののどこか嬉しそうなラピスを見比べて、複雑な気持ちで首を傾げていたアカツキは、不意にアキトに腕をつかまれてそちらを向いた。
 先ほどは長々と固まっていたアキトだが、今度はすぐに復活したようだ。 

 「ん?どしたの」

 「アカツキ」

 妙に押し殺した声だ。
 このほのぼのとした空気に似合わぬ妙な緊張感がある。
 
 怪訝な顔をするアカツキに、アキトは真剣な顔で口を開いた。

 「危険だ」

 「え、何が」

 「二人だけでここに辿り着けたのは奇跡に近いぞ。帰りはNSSに送らせて……いや、俺が行こう。車を借りるからな」

 断固として主張する言葉を聞いて、アカツキは思わず天を仰いだ。
 コンマ1秒でアキトの懸念を理解したからだ。

 「……あーなるほどね……」


 チラリと微笑ましい子供達の様子を見て、溜め息をつく。

 確かに、この二人だけでよくここまで無事に来られたものだ。
 道順がどうこうとかそういう問題ではない。
 知能でいうならハーリーは素で中高生並だし、言葉の少ないラピスでも同年代よりはるかに賢い。
 だが、こういった場合重要なのは一般常識や警戒心といった類のものなのだ。
 付近住民が善良な人々で幸いだったと、今更ながらに胸を撫でおろす。
 

 そう、道を忘れるよりももっと危険なこと。それは………


 「死者の霊とか精霊とか魔女とか、そんなのよりも人攫いの出現を心配するべきだよね………」

 「追い出すべきは悪霊よりもまず変質者だ」 

 「………この辺の防犯体制を見直そうかなぁ。とりあえずエリナ君のところから僕らの家までは警備員の巡回を増やそう」

 「街灯も増設してくれ。それから、付近住民のプライバシーを侵害しない程度に、監視カメラを設置したほうがいいな」
 
 
 この物騒な時代、基本的に子供だけで出歩くことはまずないだろうが、用心に越したことはない。
 今までの経験からして予想というのは常に最悪の事態を考えておくべきなのだ。

 「……二人に持たせる発信機は、明日にでも用意するよ」

 「スタンガンも持たせるか?」 
 
 「防犯ベルもかなぁ。あ、エリナ君に連絡しないと。きっとシヌほど心配してるよ」

 発信機とスタンガンと防犯ベルと街灯と監視カメラ。そして警備員の巡回強化。
 子供達にはちゃんと言い含めておかなくてはならない。
 今まで極端に外に出る機会が少なかったため、そういった教育がすっぽりと抜け落ちていたのだ。
 対人スキルが乳幼児並のラピスには不安が残るが、これはハーリーに二人分警戒してもらうしかないだろう。負担がかかるがこれも試練だ。


 ハロウィンを楽しむつもりがとんだ危険に気付いてしまった。
 被害が出る前でよかったが、当分二人には外出を控えてもらわなくてはならない。
 ジャック・オー・ランタンが悪霊のみならず子供の敵まで追い払ってくれるなら、この先一ヶ月毎日かぼちゃ料理を食べてもいいのにと、アキトとアカツキはこっそり溜め息をついた。


 お菓子で膨らんだカバンのお化けかぼちゃが、気苦労の多い二人をケラケラと笑っていた。 




2005.10.31




 後書き反転(ちょっと長めです) ↓

 スイマセンスイマセン酔っ払いが書いたSSです。でも勿体無いので手直ししてUPします。しかもノリで壁紙まで探しちゃったんでこのページだけカラーが違う……。
 一応解説をつけます。
   まずはタイムテーブルから。10月1日に逆行したってことは、10月31日でほぼ一ヶ月経過した頃ですね。

 戻った翌日にプロス・エリナに紹介→二、三日後に子供達救出→その週の後半に番外編『大切なものは』の回想部分→エリナが呆けているその日の内に子供達を預けられる→今回のハロウィン、の流れです。

 上記の設定メモの通りに展開するとかなり厳しいスケジュールですが、子供の三週間はデカイということでご勘弁を。
 酔いにまかせて書いたネタなのでつじつま合わせるの大変でしたよ……あ、ハーリーは遺伝子操作しててもマシンチャイルドじゃねぇだろうというツッコミはご勘弁を。
ハーリーが現在6歳、ラピスは年齢資料が見つからないため(多分本当は8歳くらいでしょう)ご都合主義にて6歳まで引き下げ(笑)
 元がいい加減な文章なのでちゃんとチェックしたつもりでも抜けがあるかも。その時は掲示板でこっそり教えてくださいませ。

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