――あっけない幕切れと次のステージ――ライトグリーンの時刻表示。 1454の数字が1455に替わった。 指し示す時間は午後2時55分…………3時、5分前だった。 『作戦開始5分前です』 メグミの声がナデシコ艦内に響く。 その瞬間、格納庫内で作業をしていた整備士達の目が一斉に同じ方向へ向かった。 その先にあるのは2機のエステバリス。 肩や肘の関節を凝視する目。 重力波アンテナ周辺をさまよう目。 手がけた複数の装甲を素早く確認する目。 探査目的のために新たに載せたセンサー類へ。 初戦で予想以上に負担がかかった02の手首関節へ。 しつこいくらいにチェックした01の駆動系へ。 急ピッチで乗せ換えた新しいシステムを内包する装甲へ。 いくつもの視線が機体の上に投げかけられた。 ここにいる者達は全員、一度は何らかの形でエステバリスの整備を経験している。 もちろん殆どはナデシコの整備と兼務しているのだが、そちらの比重が大きい者達は既に艦内に散っているので、残った面子は実質エステバリスの整備士と言ってもいい。 並ぶ顔は様々。 完全にエステにハマりこんでいる古参もいれば、新しい試みのために別分野から引き抜かれてきた新参もいる。 手が足りなくて引っ張ってこられたままズルズル付き合う羽目になった者も少なくない。 専門も素性も来歴もバラバラ。関わる理由も千差万別。 それでもメカニックなら誰だって、自分の手が入った機械は可愛い。 程度の差こそあれ、一度いじったら気にならないわけはない。 ましてそれが今後自分の生死に深く関わってくるような代物ならば。 今回の戦闘ではナデシコが主役だと分かってはいる。 エステバリスはあくまでも偵察。武装も最低限のもののみ。 けれど、妙に緊迫感が漂う班長の様子を見ていると、どうしても目が行ってしまうのだ。 とびきりのパイロットを乗せて出番を待つ、空戦フレームのエステバリスへ。 「オールグリーンだな」 2度目のチェックを終えたアキトは記録を保存して、小さく首をかしげるとおもむろに目を閉じた。 ナノマシンが発光し、僅かに露出した皮膚に紋様が浮かび上がる。 一瞬の間をおいて時刻表示のすぐ下にカウントダウンが表示された。 IFS処理能力が高いと、こういう小技を使うのも楽だ。 一般的なパイロットはあまり自分で直接ウィンドウを作ったりはしない。 そういう機能が欲しければ整備を経由して開発担当者に事前に話を通しておくか、情報を管理しているオペレーターに直接データを送ってもらう。 ソフトの点で気づいたことを報告するのもまたテストパイロットの役目だが、精々レイアウトについて意見を述べるのが関の山だ。 しかし、現在ナデシコでその役割を担っているのは他ならぬアキトだった。 普通であれば手間がかかる作業だが、パイロットにあるまじき情報処理能力を有するアキトにしてみれば大した労力ではない。 「後で01にも載せないとな。デザインについてはガイの意見も聞きたいし……」 何パターンか違う色を試した後で表示サイズを調整していると、目の前にもう一枚ウィンドウが開かれた。 発信元は艦橋である。 『皆さん、準備はいいですかぁ?』 満面の笑みの艦長、ミスマル・ユリカだった。 「ああ」 『いつでも出られるぜ!』 アキトの気のない返事とヤマダの威勢のいい応えを聞いて、ユリカは笑顔のままで何度か頷いた。 きちんとブリッジにいるということは今度は遅刻しなかったのだろう。艦長としては当然だがミスマル・ユリカとしては快挙だ。 その、珍しく時間を守った艦長が、戦闘を前にしながら緊張の欠片もない様子で元気に説明を始めた。 詳しいことは既に通達済みであるから、これが最後の確認になる。 『ジュン君から聞いていると思うけど、今回の主役はナデシコです!パイロットさんたちにはいざという時のための援護と、チューリップの観測をお願いします』 「1500に出撃、先行して偵察してくればいいんだな?」 『はい!お二人がチューリップの周囲を飛んでくだされば、エステバリスのセンサーを使ってルリちゃんが色々調べてくれます。時間は約3分間です。特に作業の指示もありませんから気楽にやっちゃってください』 「了解」 『あいよ』 『攻撃の時はちゃんと合図しますから。じゃ、頑張ってくださいね〜』 気の抜けるような激励を残して、ウィンドウがふつりと消える。 コクピット内には再び静寂が戻った。 『作戦開始3分前です』 時間が経つのを待ちながら、いつの間にかアキトは自分の膝を一定のリズムでノックしていた。 いつもアカツキが戦闘前にしている仕草だ。集中力を高めるためだと言ってよくコンソールの端を指でトントンと叩いている。 本人は気づいていないようだがデスクに向かっていてもペンなどで机を叩いていることがあるので、これは多分癖になってしまっているのだろう。 頭に浮かぶのは会長室で書類に埋もれている姿だ。 今更相棒がいなくて心細いわけでもないし、ヤマダを軽んじているわけでもないが、今日は妙にアカツキの事を思い出す。 (隣がやけに涼しいからか) そこにいるべき人間がいないというのは結構なストレスになる。 つまり自分は、アカツキは隣にいるのが当然だと思っていたわけだ。 甘くなったものだ、と小さく呟いてから苦笑した。 そもそも戦闘前にこんなことを考えている時点でもうだめだ。 気持ちを入れ替えて集中しなくてはいけない。 ……その集中のための動作が相棒を真似たものだというのは、このさい考えないことにして。 とんとんとんとん、と軽い音が延々と続き、それに引き込まれるようにして神経が研ぎ澄まされていく。 力まず、かといって力を抜きすぎず。 戦闘に入る時スイッチをオフからオンにするように瞬時に思考が切り替わるが、それとはまた別の感覚だ。 ゆっくりと、静かにテンションをあげていく。 『10秒前………9…』 格納庫に響く秒読み。同じ速さで減っていく数字。 アキトは深く息を吸い込み、いつもの倍は時間をかけて息を吐いた。 射出に備え、エステバリスが僅かに前のめりになる。 (マニュアル発進じゃないのはありがたいな) 以前の自分を思い出すと、顔から火が出るほどに恥ずかしい。 二度もあんなことをしなくて済んで本当によかった。 嫌な記憶を忘れようと軽く首を振り、射出口に目をやる。 四角く切り取られた青い空が、眩しい。 目の端に映ったウリバタケに、アキトはコクピットの中で小さく頷いた。 そして、そのまま真っ直ぐ前を見る。 『……3…2…1』 「ゼロ」という言葉に被るように、ユリカが叫んだ。 『作戦開始〜っ!』 擦れるような音を立てながら飛び出した二機のエステバリス。 海面ギリギリの低空に位置した機体の肩には02の文字。上空に停止した機体には、01の文字が張り付いていた。 チューリップに対し、ほぼ等間隔で対峙したエステバリスは、やがてゆっくりと動き始める。 02は右回り、01は左回り。風圧で立った白い波が2機の後を追いかけた。 二機は高低差を保ちつつ、旋回目標へと徐々に接近していく。 水面に描かれる白波の円は、近づくにつれ少しずつ小さくなっていった。 一周、二周、三周、四周……… 『……アキトよぉ』 「なんだ、ガイ」 『すっげぇつまんねぇ』 ぐるぐると海上を回っているだけ。 戦闘どころか作業もない。 確かに面白い仕事ではないが、たった2,3分でもう飽きたヤマダに、アキトが溜息をついた。 「お前、少しは我慢を覚えろ。たった3分だぞ」 『オレ様はできない我慢は最初からしない男だ。カップラーメンも固めで食べる』 えっへんと言わんばかりの声音に、さらにもうひとつ溜息がこぼれる。 こらえ性がないのは重々承知していたが、それでも文句の一つも言いたくなる。 「なんで偉そうなんだ……レベルCには慣れたのか?」 『戦うわけじゃなし、ただ飛ばすだけならなんてこたぁねぇよ』 言葉のとおり、エステバリス02は危なげなく機動している。 アキトの01と比べても遜色のない動きだ。 もっともそれほど難しいことをしているわけではないのだが。 「なら目の前の敵の情報でも確認しとけ。さっき送ってもらったろう」 『あ、そうか!お前頭いいな!』 『確認するほどのことはないんです』 ヤマダがぽんと手を打った瞬間、いきなり右上にウィンドウが開いた。 銀髪の妖精が、相変わらずの無表情でこちらを見ている。 パイロットの会話を聞いていたのだろう。01だけでなく02にも同じ映像が出ているはずだ。 『えっと、オペレータの子だよな。ロリロリだっけ?』 違う。 「ホシノ・ルリ嬢だ。その人の名前を覚えない癖、なんとかしろ」 『……ルリでいいです。さっきのことについては、これを見てください』 ちらりと琥珀色の瞳に光が走り、右上のウィンドウがチューリップの画像に切り替わる。 コミカルにデフォルメされたチューリップが周期的に無人兵器を吐き出す様子を流しながら、ルリが説明を始めた。 『チューリップ…CHULIPは、正式名称をCellular Hangover from Unkown Labyrinthine Intelligence of Prehistorical ageといいます。木星の無人兵器を大量に吐き出す姿は、パイロットの皆さんならご存知でしょう』 いきなりまくし立てられた正式名称など覚えているものは少ないが、チューリップについては比較的よく知られている。 火星の戦いの際に避難民が持ち帰った映像が民間に流れているからだ。 ネルガルでの機動兵器のシミュレーションは昨年11月には既に「木星蜥蜴」を敵としたバージョンに切り替わっており、その中にはチューリップが出てくるのだから当時訓練していたヤマダが知らないわけはない。 とはいってもシミュレーションの中ではチューリップを落とすのは戦艦の役目だったから、攻撃などしたこともなかった。 『そりゃまぁ職業柄な。もちろんナマで見るのは初めてだぜ?』 『私も初めてです。軍人さんや避難してきた方ならともかく、地球で見たことがある人なんていないでしょう。もちろん構造なんて全然分かりません』 『ん?けどさっきデータウィンドウが出てたじゃねぇか』 ヤマダが出撃前に見たウィンドウのことを指摘する。 全体図の上から弱点とおぼしき場所にマーキングがしてあり、その横にヤマダではよく理解できない複雑な数値が書き込まれていた。 ああいった数値は構造が分からなくては出せないものなのではないだろうかと、首をひねる。 『あれは、出航時の襲撃の後回収したバッタやジョロの残骸を元に打ち出した推定値です。参考程度に考えてください』 「つまり、今ナデシコとエステバリスが収集しているデータが最も詳細で最新なわけだな」 『はい。軍に指摘されたとおりチューリップは活動を停止しているように見えますが、熱反応があることからエネルギーが残っているのは間違いありません。いつ動き出してもおかしくない状況なので、早めに倒しておかないと……』 何が起こるかわかりません、と言うのにあわせて、「要警戒」の文字がスタンプのようにウィンドウの上に押され、チカチカと点滅した。 「寝た子は起こす前に叩き潰せということだな」 『人聞きが、悪いです』 だが、言っていることは正しい。 『……そろそろ気を引き締めてください。あと10秒です』 何かを確認するように間を置いた後、ルリのウィンドウが消えた。 妙にそっけなかったのは、アキトの言い草に拗ねてでもいたのだろう。 「10秒だそうだ」 『おうよ。聞いてたぜ』 確認しあう二人を導くように、能天気な通信が入る。 『ユリカでーす。そろそろ観測が終わるそうです!パイロットさん達は離れてくださいねぇ』 「了解、退避する」 『もーちょい待っててくれ!』 ヤマダの返事の直後に二機のエステバリスが交差し、そのまま円を描くことなくその外側へと進路を変える。 ナデシコの両脇に向かって速度を上げる両機の後ろに、一際派手な白波が上がった。 ブリッジはいたって暢気だった。 さすがに副長と副提督は幾分厳しい顔をしていたが、提督はのんびりと茶を啜っていた。 艦長は終始にこにこと笑いながらミナトに世間話を持ちかけている。 一応作戦行動中ではあるのだがそもそも艦長からして緊張感がないのだから、ブリッジの空気も引き締めようがない。 「艦長、エステバリスの退避完了しました」 パイロットが安全区域に到達したところで、ルリが報告する。 中央のモニターの端に、ナデシコ上空で待機している二機が映されている。 「は〜い!ルリちゃん、用意はいい?」 「チャージ完了。いつでもどうぞ」 ユリカは一つ大きく頷くと、ついと片手を挙げた。 無造作に。 まるで小さな子供が信号を渡る時のようにあっさりと。 無神経なのか肝が太いのか。ヤマダといい勝負だ。 不意打ちの襲撃に対してのものはあくまでカウント外。公式にはこれがグラビティ・ブラストの初御披露目になるのだが、気負う様子もない。 あっさりとそのまま上げた手を振り下ろす。 「グラビティ・ブラスト、って――――ッ!!」 ソプラノの可憐な声が、高らかに艦橋に響いた。 号令とともに発せられたグラビティ・ブラストが水中の敵に向かって一直線に伸びていく。 黒い帯となった重力波は、稲妻のような光を纏いながら、海に吸い込まれた。 海が、割れる。 数メートルの高さまで両側に水飛沫が上がり、次いで、チューリップのあった場所で大爆発が起こった。 霧雨のように落ちてくる水しぶきが視界を遮る。 固唾を飲んで見守る面々は食い入るようにモニターを見ていた。 唯一目を伏せているのは作業中のルリくらいだ。 まだ、チューリップがどうなったかは分らない。 さすがにこの状況で浮かれる者はいなかった。 ユリカでさえも顔が引き締まっている。 「どう?」 ムネタケが短く問いかける。 「……エネルギー反応が弱くなっています………今………消えました。敵、消滅」 「……しょうめつですか……すっごいですね……」 海面が段々と静かになっていくのを見ながら、メグミが呆然としている。 サセボで一度見たはずなのだが、改めてその破壊力に驚いたらしい。 「なんかあっさり消えたわねぇ」 内心身構えていたミナトが拍子抜けしたようにぼやいたが、ユリカは何も気にせず文字通り諸手を上げて喜んでいる。 横で艦内に指示を出し始めた副長が、白い目で見ているのも気づいていない。 「しゅ〜りょ〜う!勝ちました!!」 「まだ終了じゃありません。ホシノさん、海底と沿岸地域への影響を確認してくれ」 「了解」 「データは後で転送を……僕のところへ……」 「ジュン君も一緒によろこんでよ〜!」 ブリッジの中に再び日常の空気が戻った。 ミナトとメグミが感想を言い合い、ジュンがムネタケとフクベ提督の元へ向かう。 ユリカは相変わらず嬉しそうに一人で喜んでいる。 「ばかばっか……」 背後を見てぼそりと言ったルリが、ふと首をかしげた。 「近くに……戦艦……?」 ブリッジから完全に忘れ去られたエステバリスの二人組みはのんびりと海を見ていた。 「え、何……?これで終わりか?」 ポカンと口を開けていたヤマダが思わず口にする。 「の、ようだな」 「なっ!マジかよ!!俺達一体なんのために出てきたんだ……」 「データ採集と偵察」 「いや、そーだがっ!そーじゃなくてっ!もっとこう!!」 バンバンと膝を叩く音が聞こえて、映像がなくともヤマダが悶えていることが分かる。 見えないながらも相当不満げな様子に、アキトがひっそりと笑った。 人の悪そうな、何かを企んでいるような。 どこか面白がるような色が混じった、独特の笑い方。 誰かによく似た、不適な笑み。 「俺の言葉を忘れたのか」 「ん?アキト……?」 「『出番』だ」 一瞬アキトの頬にナノマシンの光が浮かび上がり、エステバリスの中にウィンドウが開いた。 開かれたウィンドウの数は三つだ。 アキトとヤマダを繋ぐものと、ブリッジとエステバリスを繋ぐもの。 そしてもう一つ。 見慣れた軍のエンブレムが踊るウィンドウが。 『戦艦が近くに来てます。船籍は……地球連合極東方面軍第三艦隊旗艦………トビウメ』 ルリが報告するのを待ったかのように、エンブレムの映っていたウィンドウの中に、一人の男性の姿が現れた。 気合が入ったカイゼル髭の壮年男性だ。 ユリカの表情が輝き、ジュンが小さく笑って敬礼した。 かつて親馬鹿の名を欲しいままにしていた彼は、愛娘の姿を見ながらも軍人の顔を崩さない。 ジュンとムネタケに答礼し、フクベ提督に向かって目礼すると、ごくごく普通の音量で名を名乗った。 部下から親しみを込めてサリーちゃんのパパと呼ばれる彼の正体は…… 『やあ、ナデシコの諸君。私は連合宇宙軍第3艦隊提督ミスマル・コウイチロウだ』 艦長の父親だった。 2006.5.1 後書き反転 ↓ (後書きの後ろにオマケがはいっております) 大変長らくお待たせしました。長いブランクのせいかいまいち調子がつかめませんが、ようやく更新です。 短い話になりましたが、こうでもしないといつまでも止まったままなので、自分に発破をかけるためにも無理にあげてしまいました。 今回の更新にあたって以前の作品を読み返し、ダメさ加減にちょっと切なくなったので、改稿する時には一気に変えます。ていうかバンバン削ります。多分半分くらいの長さになるんじゃないかな。状況描写とか無駄な記入を省くと。 で、この下にあるのもその無駄な描写です。 エステ発進までのガイとアキトの軽口をつらつらと考えてたら興がのってアホのように長引いてしまったので、思い切って一気に削除した部分。 今回の『09』は短いから、本編の三分の一近い文量のオマケになるのかな……?ちなみにシーンとしては、『10秒前』の前あたりに入ってました。 ・ ・ ・ 『うぉーいアキトー』 集中しかけたところでいきなり横槍が入った。遠慮がちな呼びかけに目を開く。 耳に入ってきたのは02のヤマダの声だ。音声のみでウィンドウは展開されていない。 「どうした、ガイ」 『どーもこーも、チューリップって倒したことあるか?』 (……そういえばガイが蜥蜴と戦うのはこれが二度目だったか) 前回あまりにも自然に戦闘に入っていたうえ、当人に怖がる様子がまったくなかったため、すっかり忘れていた。 虚勢だったのか、それともただ単に本人が馬鹿だったからなのかは分からないが、怯えて竦まれるよりもよほどありがたい。 (しかし、ここでこういうことを聞くということは、何か不安があるのか?) 今更恐怖するような男ではないと思うが、周囲を見る余裕が出る分、かえって最初よりも二度目の方が恐ろしさを感じる場合もある。 一瞬考えをめぐらせてから、アキトは揶揄するように問いかけた。 「なんだ、怖いのか?」 『うんにゃ。ただ、サセボん時は小さかったからいいけどよ、チューリップは寝てるったって大物だろ?どこ狙えばいいかわかんねーんだけど』 どうやら怯えていたのではなく困惑していたらしい。 その理由が敵をどうやったら倒せるのか、ということなのだから、ヤマダ・ジロウはつくづく前向きな男だ。 神経が太いのか心臓に毛が生えているのか、あるいはその両方なのか。 どちらにしてもパイロットとしてありがたい資質ではある。 「……今回はグラビティブラストがあるから問題ないとは思うが……せっかくだからブリッジに頼んで逐次データを送ってもらったらどうだ。どこに当たれば効果的かくらいは教えてくれるぞ」 『またチューリップと戦うことがあるかもしれねぇしな!えーと……あれ?もう窓が出てる』 「ならそれを確認しつつ動け。……ああそうだ、推力に気をつけろよ。スラスターを噴かしすぎるな」 『それこの間も聞いたぜ?』 「改善されないからだ」 『1分前』 エステバリスの周囲にいた整備員達が慌てて退避を始めた。 工具や端末を抱え、接続されていたコードのいくつかを慌てて引き抜いていく。 「そろそろだ」 『おお。……そういえば、チューリップって沈んでるんだろ?』 「そうだな」 『どうやって撃つんだよ、そのなんとか……ブラスト。水ん中だぜ』 「水中にあるものを水の外から撃つ分には問題ないとのことだ。津波は起きない計算だそうだし」 『ツナミィ!?大丈夫かよホントに』 「でなければナンバーワンが認めるはずがない」 『で、倒せそうなのか』 「……水の抵抗で多少は威力も減じるらしいが、元々の破壊力が非常識だから大丈夫だろう」 万が一の時のためにエステバリスが控えているのだが、その必要がないことをアキトは知っている。 『30秒前』 『海底にクレーターができるんじゃねぇか』 「それはパイロットが気にすることじゃない。俺達はただエステで飛び回ってデータを取ればいいんだ。……ブリーフィングで言ったことを忘れるなよ」 意味深なセリフが頭に残っていたのだろう。 付け加えられた言葉が示すものを、ヤマダは明確に読み取った。 『出番の話か?何たくらんでんだか知らねぇが、とりあえずこの任務についてはお前に合わせて動くわ』 「………感動だ」 親しいものにしか分からない程度だが、アキトの声の中に笑みの色が混じった。 『20秒前』 『はァ?』 「お前の口から『合わせる』という言葉が出るようになるとはな。半年前から長足の進歩だ」 『うるせぇ!自覚してるんだからホッといてくれよ!!』 「やっと自覚できるようになったか」 それだけ成長したということだな、と涼しい顔で言うと、ヤマダがさらに声を大きくした。 『だッ・かッ・らッ!!!』 以前ジュンにからかわれたときと同じ反応をする。 地団駄でも踏みかねない勢いだ。 顔が見えたならきっと真っ赤になっているに違いない。 「さて、仕事の時間だ」 ヤマダの反駁を黙殺し、アキトがぽつりと呟いた。 その言葉に応えるように、カウントダウンが始まる。 バイザーの向こうのアキトの瞳が僅かに細められた。 その瞳にナノマシンの光が煌くのを、冷たいウィンドウだけが映していた。 | |
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