――はじめましてと荷物を一つ――




 『やあ、ナデシコの諸君。私は連合宇宙軍第3艦隊提督ミスマル・コウイチロウだ』



 モニターに現れた壮年の男性は簡潔に名乗ると、僅かに笑みを浮かべて続けた。

 『グラビティ・ブラストの威力、確かに見せてもらった。評価についてはネルガル本社へ文書にて回答させてもらうが、まずは御苦労だったな』

 労をねぎらう言葉には重みがあり、画面越しでありながらも伝わる存在感は提督という地位に相応しいものだ。
 朗々とした声は画面越しでもよく響き、佇まいからは威風堂々という言葉が連想される。

 いかにも軍人らしい軍人の登場に、ナデシコで働く民間人の面々はちょっと気圧された。

 『フクベ提督、お久しぶりですな』

 ミスマル提督が、ブリッジの中でも一段高い場所にいる老将に声をかける。
 本来ならば最初に名乗った時点で艦長が挨拶すべきなのだが、肝心の彼女はそこに思い当たっていないようだ。
 目をキラキラさせて父の姿を見ている。

 反応できなかった……あるいは上位の者を立てて反応しなかった者達に一瞬目をやった後、フクベ提督は穏やかに挨拶を返した。

 「うむ。半年になるかの」

 『お元気そうでなによりです。……ムネタケ、ナデシコの乗り心地はどうだ』

 「ごきげんようミスマル提督。民間船だけあって、とても快適ですわ……ある一点を除いては」

 チラリと流された視線の先にあるものを見て、ミスマル提督が苦笑する。
 自分の娘が一体何をしでかしたのか薄々気付いているのだろう。
 苦笑で済むような次元でもないのだが、父親としては最早笑うしかない。

 軍人達の和やかな様子を見て、メグミが小声でルリに話しかけた。


 「ねぇルリちゃん、ナデシコって軍の人とは仲悪いと思ってたんだけど、そんなことないみたいだね」
 
 「それはどうでしょうか」

 「え?」

 「この人の名前、もう一度思い出してください。ミスマル・コウイチロウさんだそうですよ」

 「ミスマル……って、艦長と同じ名前ね。……えっ!ってことはもしかして、あのいかにもデキそうな軍人さん、もしかして艦長のお父さん!?」

 「身内が乗っているから好意的なのかもしれません」

 そんなバカな。

 まず思ったのはそれだった。

 あのチャランポランでいい加減でサボタージュ常習犯でお気楽な艦長と、目の前のダンディでいかにも優秀そうな威厳溢れる壮年の軍人が親子?
 ありえない。何かの間違いでは。

 ポカンと口を開けて艦長とモニターを見比べるメグミに、ルリは芝居がかった動作で肩をすくめて見せる。
 二人の話を聞いていたミナトは驚きを表に出すことはなかった。
 最初に提督が名乗った段階で苗字に気がついていたのだろう。
 代わりに、ポツリと一言感想を述べる。

 「鳶が鷹を産んだ、の逆バージョンかしら」

 そう言って目を向けた先では、丁度ミスマル提督とナデシコの首脳部との挨拶が一通り終ったところだった。


 「……さて、ミスマル艦長。ビ「おとーさまぁーッ!」…………アオイ副長、ビックバリアの件だが」


 ソプラノの絶叫というのはある意味凶器である。
 本題に入ろうとした途端にあがった娘の大声に顔を顰め、提督はあっさりとジュンのほうへ話を振った。

 「あれ、聞こえなかったのかな。お父様!おとーさま!」

 話をさえぎって声をかけてきたユリカのことは完全に無視している。
 呼びかけられる度に表情が曇るあたり平常心とはいえないようだが、その理由がはたして娘の行動を恥じてのことなのか、それとも単に耳障りだからなのか、見ているものには分からない。

 「解除のためのパスワードについては、一応書面でという建前になっている。すまないが、トビウメまで取りにきてもらえるかね」
 
 「はい、承知いたしました」

 「できれば、受け取りを指名したいのだが。届け物を預かっているのでな」

 娘を一顧だにせず事務的な会話を続ける。
 大声を聞かされ続ける周囲はいい迷惑だが、艦長は止めて聞くような人間でもない。

 「結構ですが、大きなものですか?」

 「うむ。コンテナ一つ分だ」

 届け物の規模を聞いて、ジュンが珍しく驚きをあらわにした。

 「コンテナ!!それは例の荷物ですね……ここで受け渡しを?」

 始めの一言こそ大きな声を出したものの、すぐに冷静さを取り戻し確認する。
 
 「サツキミドリで受け取るという話でしたが、前倒しになったのですか」

 「輸送担当者が艦長宛てに直通メールを送ったと言っていたのだが」
 
 言われてブリッジクルー全員の視線が一斉に艦長へと集まった。
 
 「……てへ?」

 小首をかしげて誤魔化すように笑うユリカに、ジュンの肩が落ちる。
  
 言い忘れたのならばまだ我慢できるが、これはそもそもメール自体を見ていないのだろう。
 艦長へ緊急連絡として直接送付したメールならば、ジュンの権限で勝手に見ることは出来ない。
 
 (ユリカ……せめて連絡ぐらいはちゃんと確認してくれよ……)

 額に青筋が立っているのを自覚しつつもにっこり笑えば、メグミが視界の端で後ずさったのが見えた。

 「すみません、少々手違いにより情報の確認が遅れまして。それで、コンテナの中身は既に完成したのでしょうか」

 「九割五分。後の作業はナデシコでも出来るそうだ。彼に受け取ってもらいたいのだが、かまわんかね」

 「ええ、問題ありません」

 本来ならばこんなところで受け取るような荷物ではないのだが、ジュンは笑みを深くして頷いた。
 コンテナの中身を考えれば早いに越したことはない。

 「荷造りは済んでいる。新型で取りに来てもらえればうちの整備の者達が喜ぶのだが」

 「そうですね。戦闘直後という言い訳もあることですし……」

 関係者にしか分からない会話だ。
 いや、書類を真面目に読んでいればユリカとてある程度は話についていくことができただろうが、デスクワークを片っ端からジュンに押し付けているために内容の一欠けらとて分からない。
 比較的常識人であるメグミとミナトは、あまりに空気を読まない艦長に、いつ副長がキレるのかとひやひやしていた。
 ビッグバリアの名前を聞いて作業を始めたルリだけが、我関せずとばかりに仕事を続けている。
 
 と、そこでようやくジュンがユリカへと向き直った。

 「では、彼にはそのまま行ってもらいましょう。………艦長!艦長!!」

 癇癪を起こす寸前だったユリカが、突然呼ばれて一瞬混乱する。

 「ほ、ほえ?なんでしょう?」

 「しっかりしてください。ダークネスに使者に立って貰いたいのです。命令のご許可を」

 「えー。せっかくお父様が来てるんだから私が行きたいのにぃ」

 「艦長!」

 「ちぇ。わかりましたよーだ、ジュン君のけちんぼ!」
 
 ケチや狭量という問題ではない。
 これが単なる軽口であればいいが、彼女は本気で父親が来ているというだけの理由で艦を離れかねないのだ。
 ユリカにとってこの仕事は社会勉強を兼ねたバイトとさほど変わらないのかもしれない。

 (もう一度士官学校からやり直すべきなんじゃないのか?)

 今時の学生でももう少し責任感があるだろうに。
 喉まででかかった文句を飲み込むと、ジュンはミスマル提督に向かって改めて告げた。

 「お待たせいたしました。お聞きのとおり許可が降りましたので、エステバリス01を行かせます」

 「ああ、ありがとう………すまんな」

 もはや見ていられない心境なのだろう。
 提督が早口で礼と謝罪を述べると、ウィンドウがすぐさま消える。 
 通信切断間際についにこぼれた言葉にはため息が混じっていた。





 「ええっ!おとーさま、切っちゃった!?」

 なんでなんでと繰り返す姿に、壁際のプロスペクターが頭を抱えている。
 娘と会話もせずに切断した理由も、謝罪とため息の意味も、分からないのは当の艦長のみだ。
 もはや教える手間も惜しいとばかりに、副長が通信士に声をかける。

 「レイナードさん、エステ01を呼んでくれ」

 「はいっ!」

 どこか慌てたような声に首をかしげつつも、現れた小さなウィンドウを見やる。
 エステバリス01の操縦席で、落ち着き払った様子のアキトがそっとバイザーを押し上げた。

 「聞いていたね、ダークネス。仕事を一つ頼みたい」

 相変わらずの無表情も気にせずてきぱきと指示を出す。
 艦長が当てにならなければ副長が動くしかない。
 本来ならここはユリカが前に出るべきなのだが、フクベもムネタケも黙認している。

 「ああ。このままエステで行っていいんだな?」

 「艦載艇を出す必要はないそうだからね。解除パスワード共々極力安全に持ち帰ってくれ」

 「荷物の件か……了解した。ではな」

 そっけなく言ってふつりと途切れた通信に、ジュンはほっと一息ついた。

 たったこれだけの会話でも普通は話が通じるものなのだ。
 別に自分の言葉が足りなすぎるとか、説明が下手すぎるというわけではない。
 そう、問題は自分ではなくて相手。
 相手に理解する気がないのならば詳細な説明も念の入った説教も意味を成さない。
 
 「けど、言わないわけにもいかないしな」

 小さな声で呟いたのを最後に、キリリと顔を引き締める。
 そう、役職からして苦言を呈すのは自分の役目だ。ならば言わねばなるまい。

 気合を入れて、理解する気のない相手――――自分の上司に向かって一喝した。


 「さぁ艦長!いつまでもわめいていないで仕事をしてください!!」


 ここで気を抜いてはいけない。

 「えええぇぇぇ!!」

 「えーじゃありません!ホシノさんは索敵を続けて。レイナードさんは格納庫に連絡を。大きな荷物が来ますからね」

 「はい」

 「わ、わかりました!」

 二人に指示を出した後で、最後に操舵士に告げる。

 「ミナトさんも、ナデシコをいつでも動かせるようにしておいてください。―――――未だ、戦闘配置のままなんですから」

 ジュンの言葉によって緩みかけていた空気が引き締まる。


 (こっちはこっちで仕事をするから―――頼むよパイロット)


 コクピットの様子こそ出ないものの、モニターにはエステバリス二機の姿。
 そのうちの一機がナデシコを離れていくのを見て、ジュンはひっそりと微笑む。

 約一名のブーイングを無視して、ナデシコのブリッジに緊張感が戻ってきた。

 






 
 
 エステバリス01の操縦席から、ブリッジとの通信ウィンドウが消えた。
 そして同じ位置に、今度はエステバリス02と繋がるウィンドウが現れる。
 画面の向こう側で不敵な笑いを浮かべる男を見やり、アキトは低い声で名を呼んだ。

 「ガイ」

 「わーってるって!」

 小さなウィンドウに向けられた呼びかけに、その倍程度の声量で返事が返る。
 別にボリュームを弄っているわけではない。ヤマダの地声が大きすぎるだけだ。

 「荷物持ってくるんだろ?行きはともかく帰りは護衛がいるよな。さっきのチューリップみてぇなのがいるかもしれねぇし」

 皆まで言うなとばかりにつらつらと述べる。
 
 「索敵はロリルリがやるんだろうけど、気を抜いたりはしねぇよ」

 きっぱりと言ったヤマダに頷いて、別の言葉を口にする。

 「ロリルリじゃなくてルリルリだろう。で、武器はナイフだけか」

 「ライフルもあるぜ。お前がナイフしか持ってかねぇからせめて02はこれだけでも持ってけってさ」

 ウリバタケが気を利かせたのだろう。
 空戦フレームへの換装だけでなく、まだ実戦で未使用の武装をちゃんと用意しているあたりが彼らしい。
 
 イミディエットナイフとライフル。
 充分とはいかないまでも最低限度の『戦える』装備であることを確認すると、アキトはさりげなく言った。

 「俺は今からトビウメに向かう。その間02はナデシコの護衛についてくれ」

 アキトにとってヤマダは数少ない同世代の友人であり信頼できる同僚だ。
 最初こそ自惚れや見栄が邪魔をしたものの、テストパイロットに起用されてからのヤマダの頑張りは良く知っている。
 パイロットとしての適正はもちろん、素質も才能も充分。
 その上本人が努力を惜しまずアキトやアカツキが指導をするとなれば、腕が上がることを疑う余地もない。
 
 事実、たった一年でヤマダはどこに出しても恥ずかしくない操縦技術を身につけた。

 (こいつならば大丈夫だ)

 アキトは自信を持って断言する。


 「任せるぞ」


 何の気負いもなく発せられた言葉に、ヤマダは目を丸くした。

 アキトがヤマダを認めるような発言をすることはあまりない。
 
 だからこそ、この一言は重かった。

 戦闘前の妙に思わせぶりな発言。終わりではないという言葉。
 敵を倒した後とはいえ、どうもまだ一波乱ありそうだと操縦士の勘が告げている。
 そこにもってきて、自分より遥かに技量の勝る相手が大切な母艦を任せると言った。

 何かあるに違いない。
 しかし、その何かにきっと気付いているだろうアキトが、あえて言ったこの言葉。


 『任せるぞ』


 「……おう、任せとけ!!」
 
 
 さらにボリュームの上がった声には隠し切れない喜びがあった。

 

 エステバリス01はトビウメに向かって移動を開始する。
 徐々にスピードを上げて遠ざかる機体を、ヤマダは笑顔で見送った。

 何をたくらんでいるのかは知らないが、自分が納得できるならいくらでも思惑にのってやろう。
 裏に何があろうとも、それでアキトの言葉が消えるわけではない。 

 求められているのが誰かを守ることならば、なおさら。


 「信頼にゃ行動で応えねぇとな」


 それがヤマダの、ダイゴウジ・ガイの『ヒーロー』であるがゆえに。

  


2007.5.19


 後書き反転  ↓

 ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。前回更新から一年以上たっていました……なんてこったい。
 このSSがやたらめったら短いのはナデシコSSの書き方を忘れていたからです!
 とりあえずリハビリ的にね!
 ………次の話にはアカツキ出します。




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